普通自動二輪免許

普通自動二輪免許と大型自動二輪免許がある。もちろん、乗ることができるバイクが違うということになるが、なかなか大型自動二輪免許を取得する人はいなくなったと思う。草食系男子が増えたことが原因かはわからないが、昔に比べ、大型自動二輪に乗っている人もいなくなったと思う。時代の変化で自転車に乗る人間が増えたが。
【父の教え】

 室町時代に活躍した観阿弥、世阿弥の流れをくむ能楽観世流二十六世宗家として活躍する観世清和さん(51)にとって、先代の家元で父、左近さんの存在は極めて大きい。左近さんが重視していたのは人としての思いやりの心。清和さんは息子の三郎太さん(11)に父の教えを伝えている。代を重ね、芸とともに人として大切な心が脈々と受け継がれている。

 「世の中すべての事象に対して思いやりを持て」。左近さんは亡くなる直前まで、何度も清和さんにそう言い聞かせていた。

 家元という存在は権力が集中するという。その立場にあぐらをかくと、傲慢になりかねない。一方で、舞台芸術は人と人とのつながりに支えられている。だからこそ、左近さんは清和さんに思いやりの心を求めた。

 左近さんは先代の急死に伴い、わずか9歳で二十五世を継承した。以来、60歳で亡くなるまで、家元として能楽の発展に寄与し続けた。「自分という時間はほとんどないまま、すべてが公の時間という人生だったのではないでしょうか」

 能楽に情熱を傾ける一方で、左近さんは人としての精進も怠らなかった。中学時代、担任教諭に「お前は家元だが、人としての勉強ができていない」と言われ、担任の自宅で1年半、書生生活を送った。日本を代表する伝統芸能の家元でありながら、風呂炊き、掃除など担任の世話に明け暮れた日々だったという。

 そんな経験を積んだからこそ、左近さんはいわゆる役者ばかを否定し、一社会人としての能役者の立場を強調していた。楽屋でのマナーに厳しく、「楽屋の行儀が悪い奴は舞台にそのまま出る」が口癖。稽古の際も「よろしくお願い致します」「ありがとうございました」という作法がきちんとできない弟子には、稽古をつけなかった。

 親子と同時に師弟でもある2人にとって、舞台での稽古が絶好の対話の場だった。左近さんが稽古について「集中していない」と指摘すると、その裏には父としての「己の体は己で管理しろ」という隠れた思いが含まれていたという。さりげなく、自然体で、左近さんは人生の教えを清和さんに伝えていた。

 今、清和さんは左近さんの教え、まさに自然体の大切さを実感している。子方(こかた)(子役)として活躍する三郎太さんの学業に配慮し稽古を短くしたところ、三郎太さんから「あそこを謡(うた)わなかったでしょ」と指摘された。「作為的ではなく、ごくごく自然体というのが子供と接するときには大事です」

 今年6月、子方としての卒業演目といわれる「烏帽子折(えぼしおり)」への出演を控える三郎太さん。次代のホープへの期待を聞くと、清和さんが強調したのは「芸」より「人」だった。

 「人として、芸の前に思いやりを持ち、自分に厳しく、他人への慈しみの心を守っていってもらいたい」

 左近さんから学んだ思いやりの大切さと子への自然流の接し方。その教えは清和さんを経て、三郎太さんへと伝承される。(森本昌彦)

 ≪メッセージ≫

 「ちょっと一服してみたら」と声をかけたいですね。とにかく寝ても覚めても能楽のことばかり考えていましたから。

【プロフィル】観世左近

 かんぜ・さこん 昭和5年、東京都生まれ。12年に初シテを務め、14年に二十五世宗家となる。能楽の普及に尽力し、さまざまな催しを開催したほか、能楽協会理事長も2期務めた。63年に日本芸術院賞を受賞。平成2年、九州での公演後、60歳で死去。

【プロフィル】観世清和

 かんぜ・きよかず 昭和34年、東京都生まれ。44年に初シテを務め、平成2年に家元を継承。日本国内だけでなく、仏や米など海外公演も積極的にこなす。芸術選奨文部大臣新人賞、フランス芸術文化勲章シュバリエなど受賞。

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【地域政党VS既成政党】

 地域政党の伸長が注目される統一地方選。後半戦でも、河村たかし名古屋市長率いる「減税日本」が、拡大路線をひた走っている。神奈川県平塚市長選など全国で10人を公認したほか、約60人を推薦。衆院愛知6区補選にも公認候補を擁立した。ただ、東日本大震災の影響などで風向きは変わってきており、結果次第では戦略の見直しも迫られそうだ。

 「震災で苦しいときこそ減税で民のかまどを温め、日本を元気づけんと」

 愛知6区補選の応援で、河村市長はこう減税の意義を強調した。被災地復興のための増税論議が高まる中、あえてそれに異を唱えたのだ。

 河村市長の住民税10%減税は、分かりやすさもあり多くの支持を集めてきた。2月の名古屋市長選では民主、自民両党が相乗りした候補に圧勝。県知事選も、減税政策で連携した「日本一愛知の会」会長の大村秀章氏が初当選し、3月の市議選(定数75)では28議席を獲得して第一党に躍進した。

 さらに、国政への足がかりとして愛知6区補選に公認候補を擁立したほか、民主党の小沢一郎元代表との連携も模索。統一地方選では小沢氏に近い地方議員らを含め、愛知県以外で100人以上を公認・推薦した。後半戦だけみても、都内では4区長選で候補を推し、3区議選で4人を公認、14区議選で計約30人を推薦している。

 ただ、前半戦の愛知県議選(定数103)では、「日本一愛知の会」の公認候補を合わせても18議席にとどまったほか、静岡市長選では公認候補が敗北。岐阜、長野両県議選では議席獲得はならなかった。今回の愛知6区補選でも、公認候補の劣勢が伝えられているだけに、永田町では「河村人気は今がピーク。ラストチャンスと思って焦っているのでは」(自民党幹部)との見方も出始めている。

 一方、河村市長と対照的なのが前半戦で大勝した「大阪維新の会」の橋下徹大阪府知事。今冬の大阪市長選に向け、後半戦は維新の会幹部が出馬した吹田市長選の応援だけにとどめている。

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